フルリモート殺人事件

俺は妙な依頼を受けた。単純な殺人依頼なのだが、依頼人はこう言った。
「実は、うちの会社はフルリモートなのだ」
殺人の依頼はそうたびたびあるわけではない。1年に1件あればいいほうだが、実入りがいいのでそれなりの報酬を貰って俺は生きている。普段は何をしているかというと殺人の練習だ。殺人の練習といっても、拳銃や暗殺の手法を訓練するわけではない。詳しく話すことはできないが、依頼者が警察にお世話になることなく殺人が完了している道筋を立てるのが俺の仕事だ。いわゆる、未必の故意というやつをうまく配置して殺人を行う。依頼人に嫌疑が掛かることもなく、俺にも掛かることはない。無関係なものが容疑で捕まることもあるが、結局は証拠不十分で釈放されるのがオチだ。それぐらい念入りにやる。だから、1年の報酬もそれなりに高い。結構、手間なのだ。
「フルリモート?」
俺は首を傾げた。フルリモートというのは、会社に出社せずに自宅で仕事をすることだ。IT企業ではよくあることだ。
「そう、うちの会社は現在フルリモートで仕事をこなしているので、皆が在宅で仕事をしているのだ。まったく出社しない」
「なるほど、出社しないならば、自宅で殺しをすればいいのだな。ならば簡単だ」
「いや、そうではない。奴が出社したところを殺して欲しいのだ」
「出社? フルリモートなのに?」
「そう、フルリモートだからこそ、出社したところを殺して欲しい」
具体的な話はできないが、概要を示せばこうだ。依頼者の会社はフルリモートという形で仕事をこなしている。実にまったく社員が出社しない状態で、自宅から仕事をしているそうだ。社員同士はWEB 会議やチャットを使って進捗を確認しあっているし、お客との打ち合わせも同じだそうだ。たまに自宅から客先の会社にいくことはあっても、自社へは全く出社しない。自社にはサーバーなどで繋がっているらしいが、まったく会社に行ったことがないそうだ。そんな会社があるのか? と俺は依頼主に問いただしたが、今はそんな会社が普通だそうだ。普通とは何か、と問いただしいたいところだが、俺は脱法な殺人請負人なので、そんなことは言わない。
出社したところを奴(上司か部下か言わなかったが、仮に A としておこう)、A を殺して欲しいということだ。出社をまったくしない会社で、A が出社したところを殺してくれというのは矛盾しているかもしれないが、依頼人の言葉にも説得力があった。
「奴が自宅で死んでしまうと、同じプロジェクトで働いていた俺が疑われてしまう。だから、奴が会社に出社したときを狙って殺して欲しいのだ。俺とは関係ないところで死んでほしい」
なるほど、たしかにそうだ。WEB 会議でもチャットでも、携帯のログでも、警察は関係のあるところから調べていく。まさしくしらみつぶしに携帯ログを調べていくのだ。そのときに疑われるのは直近での会議やチャットログだ。殺人の兆候を嗅ぎつけた警察は、事情聴取を依頼主のところにするだろう。数百名の巨大プロジェクトならばそうでもないが、IT会社のような小さなアジャイル開発プロジェクトの場合はそうはいかない。毎日のように朝礼でスタンドアップミーティングを行い、自分のチケットを取って行って毎日の目標を決める。それだけ聞けば、実に規律の正しい会社のように見えるが、実はそうではない。チケットを持って行っても仕事をしているのは最初の30分位だそうだ。AI に仕事をやらせるようにプロンプトを書き込んだあとは、コーヒーを飲むでもパチンコをするでもヨガをするでも自由だそうだ。仕事をしているかどうかの監視の目があった時期もあるそうだが、カメラを偽装したり、マウスやキーボードの動きを偽装したりして、あまり意味がなかったらしい。アバターと呼ばれる仮想空間の人形を使うこともあったらしいが、定期的に動かして、ぐるぐる回して、穴を掘る、というマクロを組むやつもでてきて、それは運営から BAN されるだけなのだが、もう少し巧妙になると AI チャットに応答をやらせるアバターもでてきたそうだ。こうなると、実際の人間なのか NPC なのかが分からなくなって、仮想空間はてんやわんやだ。ああ、てやわんやというのは、昔の言葉でいえば、オーマイゴッド、えらいこっちゃで大騒ぎというやつだな。各自 AI で調べてみてくれたまえ。
そんな訳で毎日のごとく依頼主と A とは会っている。仮想空間だが。そして、数時間後ごとには進捗を確認するためにチャットをしている。これも仮想空間だが。そういうわけで、自宅でパタリと A が死んだときに、依頼主が疑われるのは必然だというのだ。俺はそうは思わないのだが、依頼主がいうのだから確かなことだろう。たしかに、A が死んだときの第一発見者は依頼主になってしまう。仮想空間だが。そうなると、直近の会話ログや接触ログは依頼主にかかるわけで、警察も依頼主の事情聴取を最優先にするだろう。なにしろ、A のプロジェクトメンバは、依頼主しかいなかったそうなので、関係は即時に依頼主に掛かってきてしまう訳だ。俺にはちょっとわかりかねたが、依頼主はそう考えている。仮想空間なのに。
「なるほど、そういうことか。ならば、A が出社したときに殺せばいいのだな」
俺は言葉を合わせた。
ほとんど、というか全ての仕事を家でこなしているわけだから、実質それは引きこもりでは?とも思わなくもなかったが、しかし、そういう意味では依頼主も引きこもりになってしまうので、俺は言葉をぐっと飲み込んだ。せき込みそうだ。俺は、モニタ越しに依頼主に話した。依頼主のバックには宇宙空間が描いてあって、月が2つあった。今どきの背景ならば、本棚とか喫茶店の背景だとかちょっと知的な雰囲気を醸し出すようなものを使うのに、宇宙空間というのはちょっと不思議だ。しかも月が2つある。単なる SF マニアとも言えるし、いや、俺は依頼主のプライベートには踏み込まない。由緒正しい殺し屋なのだ。クールに言おう。さっぱりわからない。ただ、依頼主から提示される報酬は良かった。実に、通常の10倍の値段が提示されていた。そんな予算を提示されたら、だれだって飛びつくだろう。殺し屋じゃなくても即、殺し屋になってしまうかもしれない。しかし、安心してほしい。依頼主は俺にコールを掛けて来たのだ。
依頼主はモニタ内の宇宙空間をぷかぷか浮かびながら、言葉をつづけた。
「そうだ。奴は、出社しない。しかも、会社の本体自体どこにあるかわからない。わからないからこそ、会社に出社したときに殺して欲しいのだ。そうすれば、俺への嫌疑はゼロになる。まったくかからない」
難題だ。実に難題だ。出社したときに殺せというのに、会社がないと来ている。会社がないのならば出社できないのではないか、と思うが、会社は登記してあって法人として成り立っているので、会社としては機能しているそうだ。ちなみに、依頼主から渡された法人番号で検索をすると、確かに会社名がでてくる。登記はされているな。「東京都千代田区千代田1番1号」となっている。そこに奴は出社しているのだ。まあ、場所は後から確認すればいい。法人番号が登録されているし、それがペーパーカンパニーであろうと、取引があったりすればそれは法人として成り立っているわけだから、問題はない。少なくとも、俺がモニタ越しで話している依頼主は存在している。宇宙空間に浮かんでいるっぽいが、それも仮想空間というものだろう。
「ところで、一応きいておくが、A の苗字はなんていうんだ?」
「ああ、それはない」
「ないというのは、なんだ、言えないということか?」
「そうだ、言うことができない。それと同時にない。苗字がないのだ。おそろしいことだ」
出社しないのも不思議だが、苗字がないのも不思議だ。社員カードとかどうしているのだろうか。氏名を書くときに「姓」と「名」の欄があって「姓」が空欄になってしまうのか?『 』(くうはく)みたに書くのか? そんなことをしたら、amazon から荷物が届かないだろう。住所を書くにしても、氏名と電話番号は必須である。置き配にしたって、氏名は必要だ。だいたい、配達員がどうやって名前を確認するのだ。「すみません、 さん、ご在宅ですか?」とも聴くのか? 標識は『 』とでも出しておくのか。何も書いてないと変わらないではないか。何も書いていないのに、表札としていっぱしの値段を取るという何ともおいしい話ではないか。おれも、そうしたいなぁ。
と思いつつ、俺は依頼主に言った。
「仕方がない。呼び名は仮に A でかまわない。特に俺は殺す相手に興味はないからな」
「そうしてくれ、感謝する」

叢雲を掴むような話だが、俺は10倍の報酬につられて依頼を引き受けた。実に難しい依頼ではあるが、実現不可能というわけではない。殺人自体は、隕石を落とすとか、耳から侵入するとか、一段上がったら腐っていくとか、いろいろ方法はあるのだ。問題は、そう、依頼主の言う通り殺してよいものかどうかということだ。依頼を受けたが、俺は実行するとは言っていない。募集はしているが募っているとは言っていないのだ。公約を言ったが、公約を守るとは言っていないのと同じだ。実に都合がいい現実じゃないか。まるで政治家みたいだ。
俺は出雲大社に流転した。神無月ではあるが、出雲の国は神で大盛況だ。当然のこととして、A も出雲大社に出社している。これで条件はそろった、あとは、ニーチェを連れてくればよいだけだ。「神は死んだ」とニーチェは言った。神とはどこの国の神なのか、それとも一神教の神なのか、ギリシャ神話なのかローマ神話なのかは俺の知ったこっちゃない。現人神である A は戦後に死んだのだ。再生なんかしやしない。福音派のいう終末論なんて糞くらえだ。再び言う。神は何度でも死ぬ。そしてゾンビのように生き返る。ただ、それだけだ。

【完】