私は座敷に呼ばれた。きれいに掃除をされた広間は、掃除という概念を超越した風に綺麗だった。茶室のような空間ではあるが、茶室のような狭い空間ではない。利休が推し進めた空間とは異なる落ち着きを感じる。部屋の設えは貴族を思わせ、平安の世の安寧が感じられるものだった。
「少々、お待ち下さい。主人を呼んでまいります」
待女が私に言った。突然呼ばれた私をおもねっての言葉ではない。私は呼びつけられてここにいる。絵師として注文を受けて指定の時間に来いと通達されたなだ。手紙などなく、いきなり呼ばれたわけだが、それは今の世では貴族の常だった。
貴族の玄関に付くと、門番が居た。門番は私を見て、何者かと誰何するわけでもなく、無視だった。漠然と目の前にいる私を無視して門番の役をこなす。平民である私、いや、絵師だから平民ですらない。農民のように田や畑を耕すわけでもなく、職人のように桶や箪笥が作れるわけでもない。当然のことながら、下級武士でもない。エタ・非人という確実な身分すらない。食い扶持にあぶれてしまった絵師に過ぎない。長屋で生まれ、長屋に住み、とくに定職のないまま、絵をこなしているだけである。だから、門番に無視さえれたとしても、そこにはいない者として扱われるのも自然だった。私は、絵師なのだから。
「もし、あの、もし」
私は、門番に声を掛けた。幸いにして、門番は答えてくれた。「何か?」と言わずに、私の顔を見て、既に了解したように門を通してくれた。
「ありがとうございます」
私は門を通り中に入った。呼ばれているのに、止められたらどうしようかと心配してしまったが徒労であたったらしい。貴族に家を訪問するのは初めてだが、貴族から絵の依頼を受けるのも始めた。さらに言えば、そもそもが絵の依頼を受けるのは初めてなのだ。洋画家のゴッホのように依頼受けずを絵を書き続け、弟に支え続けられて一生を終える。生きているうちは一枚の絵も入れなかった。それでも、のちの世には「ゴッホ」という名は、ひじょうな大家として名を知られるようになる。それはのちの事だ。私はしらない。ゴッホという名前も知らないのだが、そんな風に、絵を描いているにも関われず、生きていないかのように無視されるのは慣れっこだった。絵というモノはできあがっているのに、絵を認められない。誰の目にも止まらない。あるのにはないという存在を作っている私は、絵師としてほんとうに絵師としてアヤシイものだが、それは別のことだ。自ら絵師と名乗れば絵師なのだから。
広めの庭を飛び石を伝って渡っていくと、庭に突き出たあまざらしのようなところに出た。雨が吹き込むだろうそれも、板が綺麗に掃除をされていた。いや、そもそも雨にあたっているかもあやしい綺麗さだった。風があれば吹き込むであろう軒先の長さにも関わらず、その板の間(桐だろうか、檜だろうか)は綺麗に木目が揃っていた。磨き上げられた板は、まるでニスを塗っているようだが、時代的にそれではない。肌のように磨き上げられいる。小学校の床が牛乳で磨かれていた時代のともには共感できるかもしれない。だが、そんな時代は後のことなのである。
待女らしきものがいた。
こちらへどうぞと、私を促した。
声を出さないのは、下賤の私を避けたものなのか、無視しているだけなのかはわからない。でも、目線が「こちらへどうぞ」と言うので、私はそのまま座敷に入ろうとした。
待女はむっとした顔をした。何か異変を感じたのであろう。
私は自分の足元を見た。草履や下駄の類をはくことはないので、足元ははだしであった。はだしのまま座敷にあがろうとしたのだから、待女がむっとするのも無理はない。私は困惑してしまったが、待女は無言で私の足元を見てるだけだった。
普通ならば、洗い桶ぐらいありそうなものだが、そんなものはなかった。私のは洗い桶も用意されていないのは普通のことだったので、仕方がない。私は、はだしのまま座敷にあがった。待女はむっとした顔をしているが、無言である。
「少々、お待ち下ください。主人を呼んでまいります」
座敷にいた待女は、私に言った。時間が冒頭に戻る。呼んでおいて待たせるとは何事かと思わなくもなかったが、それもいつものことである。半刻ほど待たされることになったが、気にしない事にした。私には時間がたっぷりある。無名の私は、誰に急がされることもない無名の絵師なのであるから、次の用事があるわけでもない。もちろん、先の用事があるわけでもない。私は依頼されて、この座敷、正確に門から入ったわけだが、に呼ばれた。
主人らしき、女がやってきた。赤い着物を着てやってきた。金色の刺繍は大きく、手間が掛かっていそうだ。職人の手によって丁寧に仕上げられ、数年の年月が経ったものだろう。私のような無名の絵師に前に着る着物とは思えなかったが、女は無言であった。普段からそのような着物かもしれない。なにも私を迎えるための着物ではないのかもしれない。場合にっては、白装束を来て迎えられることもあり、蝋燭の揺らぎとともに迎えられることもある。どちらにせよ、女には私が見えていないようであった。「主人を呼んでまいります」と侍女入っていたが、呼んではいるものの、私と会わせることを意味しないのかもしれない。
「ご依頼は何でしょうか?」
私は、女に尋ねた。
女は無言であった。
無言ではあるものの、私にはわかった。女が見ているものは私ではなかったが、女が望んでいるものは既に了解していた。絵を書いてほしいのだ、絵師を呼び出したのだから絵を書いて欲しいのは当たり前のような気がするのだが、絵師が料理をしたってかまわないだろう。絵師が畑を耕したってかまわない。まして、絵師が詐欺を働いても構わないのである。しかし、私は絵師なので、かの女が絵を所望していることが解った。その雰囲気を読み取った。
「鳥を描いてほしいのですね」
私は、女に言った。
紙は持参していた。今日び、紙は貴重なものであったが、私は職業柄持ち歩いていた。真っ白の和紙とはいかないが、所々に楮の繊維が見える。使い古しの紙を集めて、再生したものではあるが、絵を描くには十分である。
私は懐から筆を取り出した。あいにく墨は持ち合わせていない。墨は相手の家にあるものを使うことが多かったので、持ち歩いてはいないのだ。いや、正確に言えば、招かれたのは始めてなので、墨の持ち合わせが無かったとも言える。もっと、正確に言えば、忘れて来たのだ。いや、もっと正確に言えば、墨を持って歩く習慣がないのだ。絵師なのに不思議と言えばそうなのかもしれない。しかし、ボールペンや万年筆があれば墨など持ち歩きはしない。墨を持ち歩くのは、昔の絵師のことだろう。硯と墨さえ持っていれば和歌と水墨画が描けた時代である。もちろん、私はその時代なのだから、いまはボールペンを持っていない。ボールペンすらない。墨を持ってくるべきだったと私はちょっと後悔したが、後悔は先に立たずである。
「すみません、墨を持ってくるのを忘れてまいまして」
私は、女に謝った。
女は無言であった。
紙を持ってきたが墨を持ってきていない。筆があっても何も書けない。
私は、何も描いていない、紙を女の前にそっと差し出し、去った。
立つ鳥跡を濁さず、でございます。
【完】
