段ドリーの奇妙なプロジェクト 第01段

史郎は、「小さなIT会社」という会社に勤めている会社員である。一応、マネージャをやっている。マネージャーだけど、「小さなIT会社」(略してSITC Small IT Company)には社員が史郎ひとりしかいない。

でも、部署はいろいろあって「やってんどー」やら「がんばってんどー」などの不思議な名前の協力会社、という下請け会社というか外注会社とチームを組んでやっている。いや、チームを組んでいるのかさだかではないのだが、なんとかプロジェクトをこなしている。というか、毎回「炎上」している。

そんなところにドリーが新入社員として入ってきた。

性別は不明。年齢不詳。最近の履歴書には写真も載っていないし、性別も書いていないし、誕生日も書いていないことが多い。いわゆる、お台場シティというやつだ。いやダイバーだったか、サイバーだったか、よくわからなけど、そういうやつだ。

しかし、出身地のところに書いてある「ホコタテ星」というのはなんだろうか。まあ、出身地がどこだってかまらないのだけど、「ホコタテ星」というのは何処にあるのだろう。ペンギン村は日本にあるらしいけど、ホコタテ星は聞いたことがない。

「名前は、段ドリー。出身はホコタテ星です!」

目の前のドリーが自己紹介をする。彼女…なのか彼なのか不明だけど、一応彼女っぽく見える。いや、本当の性別はわからないけど。

「ホコタテ星?」

「ホコタテ星です」

「それはどこにあるの?」

「地球ではないことは確かですね」

「いや、日本のどこにあるの?北海道とか?」

「いいえ、地球ではないどこかです」

「・・・」

「禁則事項ですから」

いや、新入社員なのだから、禁則事項とか企業秘密とかいうもんだいではあるまい。

「大丈夫です。会社に通うには問題ないですから」

そう言い切ってしまわれると仕方がない。彼女、というか彼というか、ドリーは「ふんむー」と徳家げな顔でこっちを見ているのだが、まあ、いいか。会社に通えるならば問題ない。

「さて、新人の君の仕事なんだが・・・」

「え?新人?私が?」

「ああ、新人だろう?この会社の新入社員なのだから」

「いや、新人じゃないですよ、ベテランです」

「・・・」

「ベテランですよ。段取りのベテランです」

何を言い出すのかよくわからないが、ドリーはベテランらしい。

「何?何のベテラン?」

「だから、段取りのベテランです」

「段取り?何それ?」

「段取りですよ、ダ・ン・ド・リ。知らないですか?段取り!」

「初耳だなあ・・・」

ダンドリってなんだ?聞いたことがない。なんだそれ。

「プランニングとか、ガントチャートとか、チケット駆動とかそういうやつ?」

「いえ、ダンドリですよダンドリ。段取り八分、電話は二番ってやつですよ」

「何それ?」

よくわからないが、貴重な新入社員だ。まあ、社員は一名しかいないわけだが。これで俺、史郎の仕事も楽になるってもんだ。

「まあ、ダンドリはさておき、新人の君の仕事の説明なんだが」

「ベテランです」

「・・・・」

「ベテランです!」

「まあ、いいや。ベテランの君の仕事ななんだが」

「むふー」

いや、その得意満面の顔はいいから、話を続けさせて欲しい。

「べつの部署で、「やってるどー」というのがあるのだ。いま、プロジェクトが進行中なのでそれのマネジメントを君にやってもらおうと思っている」

「やってるどー、ですか、なかなか楽しいプロジェクトそうですね」

「そうだろう、なんとかやってるどーってことで、やってるんだよ」

「なるほど」

実は、やってるどーのプロジェクトは5名の派遣社員というか協力社員というか、メンバーでやっているのだが、まあ、進捗が悪い、というか、なかなか進まない。あまりにも進まないので、3年もプロジェクトが停滞しているぐらいだ。普通、3年もプロジェクトが終わらなかったら困る状況になるのだが、ともかくやってるどーの雰囲気が強くて、何も言い出せない。とにかく、やってるんだ。プロジェクトをやっている感がすごくて、やっている。だけど、終わらない。

「つまり、そこでわたくしが段取りしろというとですね」

「そう、察しがいいね。マネジメントして欲しいんだ」

「段取りですね」

「ああ、マネジメントなんだよ」

「段取り付けるんですね」

「ああ、ああ、わかった、そのダンドリってやつでいいよ」

「むふー」

言い負かされているような気もしないでもないが、まあいいや。ともかく「やってるどー」から離れられれば万々歳だ。ともかく3年も停滞しているプロジェクトで終わりが見えないのが、なんだかーなというプロジェクトなのだから。

「ところで、やってるどープロジェクトは、どこでやっているんですか」

「こっちだよ」

史郎は、隣に続くドアを開いた。実はやっているどープロジェクトは隣の部屋でやっているのだった。真ん中にテーブルが置いてあって、部屋の壁向きに5人が座っている。キーボードをカタカタを押して、モニタにちらちらと文字が書かれている。たまに画面が映っては、マウスでボタンをぽちぽちしたりしている。なにをやっているのかよくわからないが、ともかく凄いやっている。何かやっている。すごくやっているのだが、3年経っているのにこのプロジェクトが終わらない。どこから資金がでてきるのかわからないが、ともかくやっている感が凄いのだ。やる気満々という感じだ。

壁には一面に付箋が貼ってある。いろいろな記号(クラス図やらシーケンス図)が書いてある。壁一面に書いてあって、もとの壁がどこにあるかわからない位だ。壁が三角なのか四角なのかも良く分からない具合で、バーンダウンチャートと棒グラフが書いてある。たくさん書いてあるのだが、何がどうなっているのか分からない。

「やってますか?」

史郎は傍らのひとりのメンバーに声を掛けた。だれがリーダーなのか名前が何と言うのかわからない。自己紹介をしてもらったのは3年前なんだけど、それ以来名前を聞いたことがない。ともかく忙しそうで、掛けづらいのだ。

「やってますか?」

返事がなさそうなので、もう一度声を掛けてみた。いや、返事が返ってこない死人のようだ、という訳ではなく一心不乱にキーボードをたたいているわけだから、仕事をしているのは確からしい。いや、仕事をしているのかどうかわからないけど。

「やってますよ」

返事が返ってきた。

「やってますよ。ほらたくさんやってます。ここのコードをみてくださいな。こんなにもやってます。いろいろとやっているので、一言では説明しきれないのですが、その概要は壁に貼ってある、あれとこれとそれとあれを組み合わせて、ここの画面に出てくるこれとそれを表示させて、最終的にあれとこれがこうなって、それとそれとを組みあわせ、あっちのほうに出てくるのです」

声を掛けたのは失敗したかもしれないが、まあ、いつものことだ。何を言っているのかさっぱりわからないが、ともかくやっているのは確からしい。寝たりサボったりゲームをしたりしていたら、

「さぼらないでくださいねー」

と声を掛けることもできるのだが、忙しく仕事をしている人には声を掛けづらい。さらに、詳しく説明してくれるし、よくわからないけど何かができあがってくる雰囲気だけはあるので、その圧が強い。いやあ、いいものができてくるんじゃないかという感触はある。感触はあるのだが、3年間できあがらないのは、何故だかよくわからないのだけど。まあ、いいものができあがるのは確かなことだろう。信用第一だ。

「で、進捗具合はどうなのですか?」

「進捗ですか、そう進捗ですね。ええ、進んでいますよ、かなり進んでいます。でも、なかなか難しいところがあるので、あと一歩ということろですね」

「進捗率で言えばどうなんですか?」

「そうですね。99%というとろでしょう。あと一息なんですよ」

それはすごい。進捗率99%だなんて、あともう少しじゃないか。いつ終わるのか分からないけど、進捗率が99%なんだから、あと残りは1%だけだ。残りの1%が仕上がれば、晴れてやってんどープロジェクトも完成というところだ。

「ええと、ドリーさん・・・ドリーさんでいいですか?」

「いいですよ、シュロー」

「・・・」

あの、呼び捨てですか。まあ、いいけど、新人だからいいんだけど。

「ドリーさんは、このやってんどープロジェクトを担当してもらいます」

「段取りですね!」

「ええ、まあ、そうです。ダンドリですね。そのダンドリとかいうのを使って、プロジェクトを完成させて欲しいのです」

「いま、聞いたように、現在進捗率は99%!といういうことは、あと1%で完成というところですよ。もう少しなんです」

「なるほど、あと1%なんですね」

「そうです。あと1%なんです」

「・・・」

ドリーはあたりを見回している。壁いっぱいに張られた資料やらグラフやらクラス図やらに圧倒されているらしい。これぞITプロジェクトつまりはアジャイル開発プロジェクトの真髄といったところだろう。黙々とキーボードをたたくベテランメンバーたちに圧倒されているところだろう。新人とは、あと1%のところなのだから、なんとかなろうだろうし、なんとかならなくてもやってんどープロジェクトのメンバーがなんとかしてくれるだろう。そう、なんとかならなくても、俺のせいではなくなるので丁度いいものだ。史郎は胸をなでおろすのだ。実に順調に進んでいるやってんどープロジェクトなんだが、一抹の不安がよぎるのだ。一抹の不安がもう3年も続いているのだが、よくわからない。進捗率は99%であともうひといきなので、大丈夫なはずなのだが一抹の不安がよぎるんだよなー。なぜだろう。

「わかりました!私の段取り力に任せてください!」

「任せました。お願いします」

で、史郎はやってんどーの部屋から元の部屋に戻ったのだった。

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