段ドリーの奇妙なプロジェクト 第03段

「紙飛行機を飛ばす、あれ?今、馬鹿にしませんでしたか?」

「・・・、いえ」

いや、実際、馬鹿にしてしまった。というか、紙飛行機。一体どこがこのITプロジェクトに関係しているのだろうか、とドリーは思わざるを得なかった。馬鹿にする、というよりもソフトウェア開発のプロジェクトで『紙飛行機を作る』というのはどういう目標だろうか?なにか、ITに関係があるのだろうか?

「いや、無理もないです。紙飛行機なんって誰でも作れるもの。誰でも飛ばせるものと思うじゃないですか。10歳の子供が、いや幼稚園児だって紙飛行機ぐらい作って飛ばせるようなものです。飛ぶ原理はわからなくても、折り紙を折ってロケット型にしてぴゅーと飛ばすとか、イカ型の紙飛行機とか絵本にでも載っているじゃないですか。それを真似たら、誰でも作れる紙飛行機。そう、誰もが作れるのに、このプロジェクトで作るのに意味はあるのか?という疑問ですよね。当然です。当然の疑問ですよ」

と、急に3番さんが話に割り込んできた。いままで、キーボードとにらめっこしていた人だが、ええと本当の名前はぴくみんだったかピクミンだったか覚えていないのだが、1番さんと同じ赤いシャツに赤いズボンをはいている。けど、背中に番号が振ってある。いつ付けたのか分からないが・・・。

いや、3番と書いてあるけど、5番かもしれないが、まあ、ここはどうでもいい、非1番の人が話しに参加してきた。

「ええ、その、紙飛行機は何か特別なものなんですか?」

「いや、特別ではないですよ。誰でも飛ばせる紙飛行機だし、誰もが作れる紙飛行機です」

「・・・・」

「覚えていますか?子供の頃に紙飛行機がたくさん載っていた厚手の本があったじゃないですか」

「そうそう、小学生の頃に流行りましたよね。二宮さんの紙飛行機集ですよ」

「1ページかな2ページぐらいでひとつの紙飛行機ができていて、本自体が厚紙なっているんです。うまく切り抜いて接着剤で貼り付けるとゴムでよく飛ぶ紙飛行機ができるやつです」

「そう、頭の部分にクリップを付けておいて、割りばしにつけたゴムで引っ掛けて飛ばすやつですよね。非常によく飛ぶんですよねぇ。子供の科学だったか子供の化学だったか、大人の科学だったか忘れてしまいましたが、いろんな飛行機がありましよね」

「だえん型とか無尾翼とか普通の飛行機じゃない型もありました」

1番さんと3番さんが楽しそうに紙飛行機の会話をし始める。

そうだ。折り紙で作っている手軽な紙飛行機じゃなくて、子供、といっても小学生の高学年の子が作るような紙飛行機だろう。自分で作るとなかなか飛ばないのだが、あの本に載っているものをうまく切り抜いて貼り合わせると、よく飛ぶ、そう。

「ああ、思い出しました。あの紙飛行機ですね。100メートルぐらい一気に飛ぶやつですね」

「「・・・・」」

いや、違ったか。100メートル程度だったら、飛行機としては飛んでいるうちにはいらないかもしれない。そもそも、ジャンボジェットの全長が70メートル近いのだから、100メートルだったら飛ぶというよりも、ちょっとジャンプしてしまう位の感じだろう。そう、「岸和田博士の科学的愛情」にでてくる轟天号が25メートルプールで飛び込みをしたときに、ちょっと飛ぶだけで飛び込み台から25メートル先、つまりはプールの縁か縁まですぐに達して頭をぶつけてしまう位の感じだ。

だから、もうちょっと飛ぶかもしれない。例えば100光年とか。

「すみません、単位を間違えました。100光年ぐらい飛ぶやつですね。わたしの子供の頃にはやりましたよ」

「「・・・・」」

なにか不味いことを言ったらしい。いや、ドリーにとっては「地球のことはわからないから、ホコタテ星の基準しか知らないので」というところなのだが、それが通じる相手なのかいまのところは検討がつかない。

「いや、さすがに、100光年だとだめなんですが」

「もうちょっと、飛ばないと駄目ですよね、1万光年位ですかね?」

100倍位ちがっていたらしい・・・。

「なるほど、そうなると、紙飛行機の選定の部分から大変そうですね」

「おお、解ってくれるじゃないですか」

「そうなんですよ、たかが紙飛行機なんですが、材質から選定しないといけない。ときには、新しい材料も探していかないといけないというプロジェクトなんです」

「新しい材料となると、色々とありますね。「紙」飛行機という名前になっていますが、なにも紙じゃないと駄目という訳でもないのです。無限にある材料を紙のように薄く引き伸ばして、長距離を飛べるように形作っていくわけで、まさしく「神」飛行機ですね、はははは」

「はははは」

「はあ・・・・」

1番と非1番が談笑しているのをドリーは眺めているわけでが、談笑しているからといってプロジェクトがうまくいっているとは限らない。プロジェクト計画書があって、進捗状態が99%だとしても、シュローは困っていたわけで(いや、ドリーに無理難題を押し付けていてホッとしていたかもしれないが、あとで思い出してみよう)、このプロジェクトが終わる見通しが立っているかどうかが問題なのだ、とドリーは気を引き締める。談笑に騙されてはいけない。

「プロジェクト目標が『紙飛行機を作ること』はわかったのですが、そこに至る手順というか道筋を聞いておきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ということは、この紙飛行機作成プロジェクトを納得して頂けたということでしょうか?」

「あ、いえ、納得というか・・・」

世の中、不思議なプロジェクトというものはたくさんある。短期もあれば長期なものもある。スタートとエンドがあるからプロジェクトであって、繰り返し生産ができればそれはプロダクトの領域だ。紙飛行機を量産というと、なんらかの機械があって時間内にいくつ紙飛行機が飛ばせるのか、飛ばした紙飛行機を籠に入れるまでの競技があったりなかったりするのだが、その紙飛行機を折る機械を作ろうとするならばそれはプロジェクトだし、プロジェクトなりのノウハウを活用できる。

「まずは、その紙飛行機プロジェクトの内容を聞いてみないとなんとも言えないものがありますので・・・」

「ごもっとも、話は簡単ですよ。紙飛行機を目的に向かって飛ばそうプロジェクトです。このプロジェクトに既に3年も掛ってはいますが、全体の進捗としては99%であともう一息というところです」

1番は、壁に貼ってあるホワイトボードに図を書き始める。確か壁一面に付箋やら設計図やらが貼ってあった筈だが、その部分だけ1面まっしろとなってぬけている。不思議だ、と思ったら壁に貼ってある設計図の上に新しい紙を貼ったらしい。横からみるとどんどん紙が重なっていて地層のようになっているけど、重力で落ちないか不安だ。いや、そもそもここに重力があるのか?足が浮いているような気もするけど気のせいだろう。

「まずはここ、中央に『紙飛行機』があります」

典型的なマインドマップあるいはWBS(work breakdown structure)の類だろうか。なぜにITプロジェクトで紙飛行機なのかはわからないが、目的ははっきりしているらしい。

「次に『紙』、こっちに『飛』、こちらに『行』、さらに『機』があります」

1番は「紙飛行機」を1文字ずつ分解しているようにみえる。何?何がはじまったのだろうか?

「さらに『紙』は、ごぞんじのように『糸』と『氏』にわかれますね。『行』、これは簡単ですね。『ノ』と『イ』と『テ』に分けることができます」

まてまて。漢字を偏と旁に分解するわけではないらしい。一体何をやっているのか?

「さらに『テ』なのですが、『一』と『丁』に分けることができますね」

「あ、いちばんさん。『テ』は、確か『二』と『ノ』に分けたと思いますよ」

「ああ、そうでした。『一』と『丁』の組み合わせだと、なかなかコストがかかってしまうので、受託コストの安い『二』にしたんでしたっけ。こうすると『ノ』のところが共有部分になって製作期間が短くなりますからね」

「『ノ』をふたつ作ればいいのと、最終的に『二』は2つの『一』から成り立つことになるので、ここも繰り返し計算で済むというのが便利です。for文を使ってもいいですし、コレクションやリストをつかってもいいです」

コンピュータプログラム言語っぽい用語を出しているようだが、ドリーにはさっぱりわからない。単に漢字を分解してみせているだけだが、これはいったいなのだろうか?設計なのか?

1番が言う。

「ドリーさんには少し難しいかもしれませんが、もう少し解説させてください。ここが難しいところですし、このプロジェクトでは大切なところなのです」

「あああ、はい・・・」

「『飛』これが難しいところです。最初は『升』と2つ『て』にわけて、ニスイにしたいところだったのですが、このニスイがなかなか難しいのです」

「というと?」

「漢字変換で、なかなか出ないんですよね。「ニスイ」と書いても「にすい」と書いてもだめなので、よくよく調べてみると『冫』という形で書けるのです。部首としては「ひょうぶ」と読むらしいですが、ここでは『冫』としておきましょう。そうなると、『升』と2つの『て」そして2つの『冫』で構成されるわけですが、ここで問題が発生していまいます」

「・・・・」

「『冫』というのが、コミュニケーションしにくいのです。お客に説明するときにも『冫』の部分を読むことができないし、開発者の間でも『冫』を勘違いしやすくなってしまいます。ラショナル統一プロセスの辞書作成の基準なのですが、できるかぎり顧客つまりは利用者の言葉を使ってみたり、開発者の間で齟齬がないような用語をまとめておくようにする決まりがあるのですが、ここで『冫』を使ってしまうと、いちいちコピペしないと出てこない漢字・・・といいますか、部首、これを口に出していうのもなかなか難しいので、このプロジェクトでは『冫』を使うことを諦めました。混乱はプロジェクトの停滞のもとですからね。プロジェクトが潰れかねません。開発チームを崩してしまいます」

意味がよくわからないが、その、なんか「ン」に似ているものどうするかという話だろう。チームを混乱に落とし込むような要因は避けたほうがいいのは同意する。完全ではないが同意したいところだ。

「そういう訳で、『冫』を使うのはやめて『ン』にしたんです。ですが、『ン』にしても『ソ」と間違える人が多くて困っているのです。日本人だと大丈夫っぽいのですが、非日本人だと駄目なんですよね。『ン』と『ソ』を間違ってしまう。たとえば「ソン」と言ったときに、何故か「ンン」と伝わってしまったり、「ソソ」と伝わってしまったり、逆に「ンソ」と聞き違えてしまう場合もあるのですよ」

「はあ・・・」

「いや、非日本人というのは宇宙人や猿も含めるわけで、猿ならばいいんですが、宇宙人となるとちょっとやっかいで」

確かに厄介な問題になりそうだ。差別というか区別というか、日本人と宇宙人と猿を同列で扱っていいものなのだろうか?ホコタテ星人がはいっていなのがちょっと不満であるが、とドリーは思った。

「なので、『ン』は諦めて、『ニ』を使うことにしました。ちょっと字の形が違ってしまいますが、2つ『ニ』を使えば『ン』よりも『ソ』と混乱しないで済むと思われるのです」

「ですが、ちょっと注意してくださいね。ドリーさん」と急に割り込む非1番。

「勘違いしないで欲しいのですが、先の『二』と『ニ』では字形が違うことがわかりますか?最初の『二』は『一』に分解できる『二』なのですが、こっちの『ニ』は2つの『-』を使うのです」

違いが全く分からん。。。

「さらに細かくなるのですが、『-』と混乱しやすい『ー』を使うところが台無しになってしまうのです。見た目は似たように思えるのですが、縦書きになるとほら、こんな風に『1』になってしまいますからね」

兎も角、紙飛行機プロジェクトが混乱の極みになりつつあることはわかった。しかし、混乱しつつもうまくメンバーがアイデアを出してプロジェクト計画に沿って文書作りをしていることが判明した。ここは、もうひとつ『ニ』と『二』がいったい何なのかを詳しく聞かねばなるまい。

ドリーは若干の不安を抱えつつ、少し問題が解決したような全く解決していないような、けむに巻かれてしまった気持ちで、1番に質問をするのであった。

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